2008/08/19 (Tue) 18:02
もやしもん

最近ちと用事が立て込んで完璧に更新が滞ってしまいました。すいません。
まあブログ閉鎖かどうか気になった方もいるかもわかりませんが、このブログはそんなに簡単には消滅しませんので。

んでさっき、今更ながら もやしもん っていうアニメ見てたんですけど、なんか予想をはるかに上回るクオリティーで正直驚きましたw
話の内容は菌が肉眼で見える青年とその愉快な仲間達(w)の大学生活とかが主題になっています。菌って言ってなんだか汚らしいイメージあるかもですが、作品に出てくる菌はどれもかわいらしくてo-157でさえなんかこう…ねぇ。
んで作画なんですが、なかなかどうして上手いんですよ!とくにヒゲとデブの動きがすんげーコミカルでしたよw少し湯浅さんor大平さんのうごきに似てて作画だけ見てても十分楽しめるアニメだと思います。
内容も原作がかなりおもしろいんでアニメか原作見てみると多分はまると思います。これはおすすめ。

2008/08/14 (Thu) 22:50
研磨

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昨日の記事で「鏡面研磨」ってのを言いましたが、今日はこれについて書きます、というかちょっと気になることがあるんで。
時計の業界で言う研磨ってのは実は二種類あって、一つは研磨剤を使って磨く「ポリッシュ」というのと、もうひとつは硬い金属を押し当てて行う「バニッシュ」というのがあります。

金属が鏡面であるというのは、表面の凹凸が無い、もしくは、ある程度平らな状態。
あと一応説明しますと、ポリッシュというのは研磨面をアスファルトに例えると、ボコボコの表面をがりがり削って平らにする感じです。一応表面は平らになるので金属は鏡面になります。
一方、バニッシングでは、ロードローラーなどで表面を削らずに、押しつぶして平らにします。

で、時計のパーツにおいて、表面硬度が必要な部品、例えば歯車の軸などにはバニッシング、そうではないものはポリッシュを施すのがセオリーのようです。
でも、ポリッシングしてて気づいたんですが、研磨材についた金属の粉もしくはそれらが圧力で板状になったものでポリッシュをするということは、要するにバニッシングと同じ効果があるのでは?と思ったんですよ。
削れた金属の粉で研磨面に傷が付くってのも考えられますが、逆にその粉が圧力で研磨面の傷にくっついて表面を平らにする作用は無いのかな?という疑問です。
なんでこんなこと思ったかというと、ポリッシュをするときに、じてんこの場合、研磨剤に金属の粉が付いたところ(研磨剤の黒くなったとこ)で仕上げをすると、表面がキレイにできあがるからです。

大抵はポリッシュとバニッシュって明確に区別されると思いますが、こういった条件では、じつは同じ行為と結果になるのでは無いでしょうか。

中途半端ですが今日はこんな感じです、すんません。これについては色々調べてみる必要がありそうですね、どなたかご存じでしたら教えてください、じてんこは知識を欲していますwwではノシ

2008/08/13 (Wed) 22:48
ブルースチール

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最近の機械式時計はそのムーブメントの美しさも価値のうちです。
時計の裏側にもガラスをはめて、機械を眺められるというなかなかマニアにとってはうれしいものです。
当然、ガラスを通して見ることの出来るムーブメントですから。大抵のメーカーは出来る限り美しく仕上げますよね。見栄えを良くする方法はいくつもあるのですが、今回はこの写真のように、ネジなどのスチール部品に施されるブルースチールというものについて見ていきたいと思います。

スチールという金属は、熱処理をすることによって様々に性質を変えることの出来る非常に便利な金属です。生のスチールというのはある程度の細さ、時計に使われる程度のものなら素手でグニャグニャに曲げられるのですが、「焼き入れ」という処理をするとアホみたいに硬くなります。温度は720℃くらい。
どのくらい硬いかというと、焼き入れの程度にもよるのですが、だいたいヤスリがけが出来ないくらいに硬くなります。
ですが、硬い=脆いのです。ヤスリで歯が立たないこのスチールも、本気で曲げるとパキンといい音を出して折れます。そこで次に焼き戻しという処理をします。
焼き戻しは280℃くらいで加熱します。そうすると写真のように青くなるのです。ただこのように美しい色、光沢を出すためには、焼き入れ後、丁寧に鏡面研磨をする必要があります。
この焼き戻しは温度によって低い方から黄色→茶色→紫→青→水色→白という具合に色が変化します。たまに青以外、茶色や紫のものがありますが、それは意図的に温度操作で変えたのでしょう。

なんで色が変わるかということなんですが、たしか焼き戻しの時に、表面にマグタイトという被膜が形成されるんだそうです。この被膜は非常に薄いので光を透過します。被膜を透過する際に光は屈折や空気と異なる物質への進入の影響で波長が変化し、青に見えるそうです。加熱する温度(時間)によって色が変化するのは、このマグタイト層の厚さが変化するため、先の光への影響も同様に変化するためです。そういや虹の色の感じと似てますね、赤はないけど。

今回は資料がなくてつまらんかもですが、ご容赦を。あと間違ってたら何か言ってくださるとうれしくて失(以下略
では今日はこの辺でノシ

2008/08/12 (Tue) 23:04
また脱線記事

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「どこへ行こうというのかね?」byムスカ 
ほんと迷走中というか、ジャンルがワケワカランブログなSpielです。
突然発足したジャンル、酒。今回は第1号。

 SAVIGNY-LES-BEAUNE
AOCクラスのフランスブルゴーニュ地方の赤ワインです。今売ってるのかな?結構前に買ったやつ。
値段2300円くらいの割にはまあ悪くはないブルゴーニュだったと思う。
ちと無個性な感じがするかもしれないけど、雑な感じはないので、初心者にはお勧め。
作り手はPhirippe Bouchardってとこ。SAVIGNY-LES-BEAUNEってのはブルゴーニュ地方の、さらに細かい地区の名前なんですが、そこでとれたブドウを使ってるってことです。
ワインってのは作り手によって上手いかまずいかがほとんど決定されます。実際ヴィンテージとかブドウ品種なども重要なファクターなんですが、一番重要なのはやっぱり誰(メーカー)が作ったかなんです。
だからワインの知識とか無かったり、飲み慣れていなかったりしたら、畑とか品種、ヴィンテージよりも誰が作ったかってので買うと、意外とあっさり旨いのにありつけると思う。
作り手はネットで個人がやってるサイト除くと結構親切にレビュー書いてるので、読んでみるとおもしろいですよ。じてんこは資金面でそういう役割はパスですwwあんまり作り手ごとに飲み比べてる余裕無いんで…今回はこんな感じで。あとお酒は20歳過ぎてからのほうがいいですよ。ではノシ

2008/08/11 (Mon) 23:04
イラストについて考える

今日はイラスト無しです。何故かというと機嫌が悪くて描いた絵を破棄したからですw
いきなりですが、じてんこのイラストについての考えを、非常にわかりづらい形で書きたいと思います。
最近様々なイラスト投稿サイトみたいのがありますよね。じてんこも投稿したりするんですが、みんなすごい手の込んだ絵を描いてるな〜と見ていて本当に感心します。じてんこにはとてもあそこまで一つの絵に入魂というか手をかけていられません。評価の高い絵とかもすごいですよね。
最近のイラストは多くが、もしくはそのほとんどがCGだと思います。フォトショップやペインター イラストレーター SAIなどほんとにいろいろありますよね。こういうソフトがあるとどんな種類の絵でも、たとえば油彩にしても鉛筆デッサンにしてもパソコンひとつで描けます。
っていうか回りくどくて嫌なので、本意をぶっちゃけます。
皆さんなぜそこまでグラデーションにこだわるのでしょうか?
まあじてんこも目や肌にかけてるのでぜんぜん人の事言えないんですが、なんかグラデーションが綺麗(うまい)→いい絵っていう風潮がある気がしてなんだか悶々としているんです。
じてんこもグラデーションに気合が入った絵とか好きですし。何百枚もフォルダに入ってますw決してアンチとかじゃないと自分では思います。ただ、最近やっとCGを描き始めてそれについていろいろ考えてたんですよ。あんまマジに受け止めないでください。気軽にねw

イラストを描くってのは人それぞれ考え方があると思うんですが、なんでその手段を用いてるかってのを考えたときに、絵じゃなきゃ表現できないものを表現するためだとじてんこは思います。
もし仮に、あるりんご(何でもいいです)を二次元で表現するとして、写真と絵のどっちで表現するかって話です。現実のすべてのものには特殊な状況下ではない限り、グラデーションがかかります。じてんこのイラストみたいなベタなんてありえません。
だから現実のものを表現するときに、グラデーションってのはかなり重要視しなくてはいけないファクターだと思うんです。だけど、それなら手間と結果を考えたら写真のほうが絶対優秀で、絵なんてまったく必要ないんです。

ではなぜ写真技術がこれだけ発達した現在で、いまだにこんなふるい手法が用いられているのか?
ないものをあったことにできる、反対にあったものをないことにできるからです。意味わかりませんね。
表現のためなら正直何でもありってことですよ。

んで最初の話に戻りますが、現実的な表現を追及していたところで、それは結局そこにすでにあるものの模倣にしか過ぎない点でじてんこはグラデーションをできるだけ避けているんです。
人間は自然界にすでに存在していたものを心地よいと感じる性質があります。だからグラデーションをかけるってのはある意味「良くなって当たり前」なんですよ。
極端で乱暴な言い方だと思います、たしかにちゃんとグラデーションかけるのにだって技術いるし、結果的にはそっちのほうが勝っているかもしれないので、じてんこは本当に間違ったことを書いてるかもしれません。だけど、あえて絵という手段を用いているのに、そこで現実の模倣をしてしまったのでは、絵を描くということの意義を根本的に否定している気がするんです。

あと、情報量が多くなりすぎる点も避けている理由です。
気合の入ったグラデーションをかけた絵ってひとつ間違えるとどこを見ていいのかわからなくなりませんか?人間って、視野のなかで捉えられる情報もしくは範囲って意外と狭いと思うんですよ。これはじてんこの視点でしか言えないので比較のしようがなかったのですが、広角視野で物を見ると良くわかると思います。たぶん目って言うよりも脳が処理できる情報量が限られているせいかと思います。
んで人間の目(注意というべきか?)は視野のなかでもっとも情報の集中率が高いところに目がいくはずだと思います。たとえば、真っ白な部屋で一箇所だけなにか文字や絵なんかがかかれている場面に遭遇した場合、人間はその部分に目がいくはずです。多分まっさらな壁をじっと見ている人ってそういいないと思います。これは美術館とか行くとわかります。常識的に「絵が飾ってあるから見る」と思うかもしれませんが、「そこになにか目立つものもしくは気になったものがあるから見る」とは考えられないでしょうか。あと、美術館で平凡な壁だけを眺めている人って見たことあります?絵が飾ってあっても気にならなければ立ち止まってまで見たりしませんよね?
脱線しました。サーセン。
要するに「情報の集中率が高いとこに目が行く」ってのを事実として、それを前提にすると、かけるほどに情報の集中率の上がるグラデーションをそこかしこに用いると、視線を分散させてしまうのではないかと思うのです。
要するに、一枚のキャンパスの中で、どこを見るべきか混乱する絵になるのでは?と思うのです。メリハリがなくなるとでも言いましょうか。もちろん全部がそうなっているはずはなく、あくまでじてんこの推測の域を出ないものとしてとらえてくださいね。

とまあこんな感じで、イラストについて考えてみたのですが、まだはじめたばかりなので本当にどうすべきか悩んでいるんです。かなり批判じみた書き方になってしまって、せっかっく読んで下さった方々の気を悪くしてしまったかもしれません。その場合は本当に申し訳ありません。
ただじてんこは結構ツンデレらしいので悪く言っている場合はむしろ肯定寄りというか、実は言ってることと内心は違うんだよーってことにしておいてください。あくまでただの考察ですからww
もし読んでくれて自分の考えはこうだとか、こういう考えもあるのでは、というのあったらメールでも何でもいいので、送ってくれるとうれしいです。まだまだ稚拙なブログのSpielですが、皆様がたよりです。これからもどうぞごひいきにでは今日はこのへんで。ノシ

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